浦和地方裁判所 昭和47年(ワ)734号 判決 1973年12月13日
原告
山本義光
ほか一名
被告
住友海上火災保険株式会社
主文
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
(一) 被告は、原告山本義光(以下義光という)に対し金二八〇万円、原告山本道子(以下道子という)に対し金二二〇万円および右各金員に対する昭和四七年一二月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
(二) 訴訟費用は被告の負担とする。
(三) 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) (事故の発生)
訴外山本正(昭和二七年一二月四日生、以下正という)は、昭和四五年六月二七日午後一一時二〇分頃自動二輪車(練馬い四七〇八号)を運転し、埼玉県川口市青木町一丁目一九八番地先道路(以下本件道路という)上を東京方面から戸田市方面に向け進行中、先行していた普通乗用自動車を追い越そうとして中央線付近に寄つたところ、折から対向車線を進行してきた訴外一色茂(以下一色という)の軽四輪貨物自動車(埼六く四二九八号、以下一色車という)と衝突し、右事故(以下本件事故という)により頸椎捻挫兼骨折の傷害を負い翌二八日午前三時一〇分死亡した。
(二) (責任)
訴外一色は一色車を自己のため運行の用に供していた。
(三) (保険契約)
被告は、訴外一色との間で一色車につき保険期間を自昭和四四年一二月五日至昭和四五年一二月五日とするいわゆる自動車損害賠償責任保険(以下自賠責保険という)契約を締結していた。
(四) (続柄)
原告義光は訴外正の父であり、原告道子は正の母であつて、共に正の相続人であり、他に正の相続人は存在しない。
(五) (損害)
1 逸失利益 金七一二万一、五〇〇円
訴外正は、本件事故当時満一七才六箇月の高校三年在学中の男子であり、将来四五年間は稼働が可能であつた。一八才の男子労働者の平均年間給付額は金五一万九、六〇〇円であるから、生活費を五割控除したうえ、賞与その他の特別給与金四万六、七〇〇円を加えると、正の年間純収入は金三〇万六、五〇〇円であつたことになる。正の逸失利益をホフマン式によつて年五分の割合で中間利息を控除して計算すると金七一二万一、五〇〇円となる。
2 慰藉料 各金二〇〇万円
原告らはその子の不慮の死によつて耐えがたい精神的苦痛を受けた。その苦痛を慰藉するに足る金額は、原告各自につき金二〇〇万円とみるのが相当である。
3 葬儀費用 金三〇万円
原告義光は訴外正の葬儀費用として金三〇万円を支出した。
(六) (結論)
よつて原告義光は、被告に対し、(五)1のうち相続分二分の一にあたる金三五六万〇、七五〇円、(五)2の金二〇〇万円、(五)3の金三〇万円、以上合計金五八六万〇、七五〇円のうちの金二八〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年一二月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、原告道子は被告に対し、(五)1のうち相続分二分の一にあたる金三五六万〇、七五〇円、(五)2の金二〇〇万円、以上合計金五五六万〇、七五〇円のうち金二二〇万円およびこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四七年一二月三日から支払ずみに至るまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の事実は認める。
(二) 同(二)の事実は認める。
(三) 同(三)の事実は認める。
(四) 同(四)の事実は認める。
(五) 同(五)の事実は不知。
三 抗弁
(一) (消滅時効)
本訴提起のときである昭和四七年一一月二九日は、原告らが訴外正の死亡を知つた昭和四五年六月二八日から二年以上経過しているから、保険会社である被告の損害賠償責任は時効によつて消滅しており、被告は昭和四七年一二月二五日の本件口頭弁論期日において、右事効を援用した。
(二) (免責)
1 訴外正は、深夜友人達と自動二輪車を連ねて走行中、二台の先行車を追い越そうとしたのであるが、このような場合自動二輪車運転者としては、前方を注視し、対向車を発見したときは直ちに追い越しを中止するなどして事故の発生を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、制限速度をはるかに超過する時速約一〇〇キロメートルで漫然追い越しを継続し、その結果本件事故をひき起したものであつて、正に過失があることは明らかである。
2 訴外一色は、一色車を運転して本件道路を戸田市方面から東京方面に向つて進行中、衝突地点の手前約一一メートルに至つたところ、中央線を越えて二台の先行車(一色からみて対向車)に追い越しをかけ、もとの車線にもどらずそのまま一色車に向つて突進してくる訴外正運転の自動二輪車を約四〇メートル前方に発見し、危険を感じて急制動するとともにやや左に転把してこれとの衝突を避けようとしたが及ばず、徐行状態になつていた一色車の左前部に自動二輪車の前部が衝突した。従つて、本件事故は正の一方的過失によるものであつて、一色には過失がなかつた。
3 一色車には構造上の欠陥又は機能の障害はなかつた。
四 抗弁に対する認否
(一) 抗弁(一)の事実中、原告らが訴外正の死亡を知つた昭和四五年六月二八日から二年以上経過して本訴提起したことを認める。
(二) 同(二)の事実中
1は否認する。
2は否認する。
五 再抗弁
(一) (時効中断)
1 原告らは、被告に対し、昭和四五年八月五日本件保険金の支払を催告したところ、右催告に対する被告の最終的な回答は昭和四七年二月二四日になされた。従つて右催告の効力はそのときまで継続していた。
2 原告らは、被告に対し、昭和四七年六月頃まで再三本件保険金の支払を催告した。
3 原告らは、被告に対し、昭和四七年一一月二九日に本訴を提起した。
(二) (権利濫用)
仮に時効中断が認められないとしても
1 消滅時効完成後まもなく本訴が提起されている。
2 自賠責保険は社会保険的な性格を帯びている。
3 従つて、被告の時効援用は権利の濫用である。
六 再抗弁に対する認否
(一) 再抗弁(一)の事実中
1のうち昭和四五年八月五日に催告があつたことは認め、その余は否認する。
2は否認する。
(二) 同(二)の事実中
1は否認する。
2は否認する。
3は否認する。
第三証拠〔略〕
理由
第一請求原因について
請求原因(一)(事故の発生)、(二)(責任)、(三)(保険契約)、(四)(続柄)の各事実については当事者間に争いがない。
第二消滅時効について
一 昭和四七年一一月二九日原告らが本訴を提起したことは当裁判所に顕著であり、右の日が原告らが訴外正の死亡を知つた昭和四五年六月二八日から二年以上経過していることは当事者間に争いがなく、被告が昭和四七年一二月二五日の本件口頭弁論期日において、保険会社である被告の損害賠償責任は時効により消滅したとして右時効を援用したことは、本件訴訟上明らかである。
二 しかして原告ら主張の右の消滅時効が中断した事実は、本件全証拠によるもこれを認めるに足りない。
((一)原告らは、被告に対し、昭和四五年八月五日本件保険金の支払を催告したところ、右催告に対する被告の最終的な回答は昭和四七年二月二四日なされたから、右催告の効力はその時まで継続していたと主張するけれども、仮に原告らの主張のとおりとしても、原告らが六箇月以内に裁判上の請求をしなかつたことは本件訴訟上明らかであるから、消滅時効の中断の効力を生じないものというべきである。(二)証人伊藤重利は、昭和四七年六月頃一回だけ被告会社浦和営業所へ赴き本件保険金の請求をした旨供述するが、右供述をたやすく措信し難いのみならず、仮に右供述を措信し得るものとしても、単に昭和四七年六月一回だけということでは、その請求した日が果して原告らが訴外正の死亡を知つた昭和四五年六月二八日から二年以内であるのか、または二年を経過したのか不明確であるから、これをもつて消滅時効が中断したものと認めることはできない。)
三 原告らは被告の時効援用は信義則違反または権利の濫用として無効であると主張するけれども、たとえ他の保険会社が消滅時効完成後に保険金を支払つているとしても、保険会社である被告が任意にこれを支払うなら格別、原告らは自動車損害賠償保障法第一六条第一項、第一九条によつて訴訟上被告に対してこれを請求することができないものであるから、被告の本件時効援用を信義則違反ないし権利の濫用ということはできない。
四 よつて被告の原告らに対する本件損害賠償責任は時効によつて消滅したものというべきである。
第三免責について
仮に被告の原告らに対する本件損害賠償責任が時効によつて消滅しないとして、被告の免責の抗弁について判断する。
一 〔証拠略〕を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 訴外正は、昭和四五年六月一七日午後一一時二〇分頃、自動二輪車を運転して本件道路を東京方面から戸田市方面に向かい時速約六〇キロメートルで進行し、川口市青木町一丁目一九八番地先道路に差しかかつた際、先行する自動車(コロナ)を追い越そうとして、時速約七〇キロメートルに加速し、中央線を越えてその右側部分に出たこと
(二) 右地点は歩車道の区別があり、車道幅員約九メートル、片側一車線の直線道路であり、制限速度は時速約四〇キロメートルであり、照明設備があつて付近は夜間でも明るいこと
(三) 訴外正は、追い越し開始後、一色車が対向して進行してくるのを認めてもとの車線に戻ろうとしたが、自車左側のサイドスタンドが出してあつたためこれが道路面と接触し、時速約七〇キロメートルの高速であつたこともあつて左へ方向転換することができず、運転の自由を失つて、僅かに右へ寄りながら進行したこと、その際サイドスタンドと道路面との接触点から相当顕著な火花が出ていたこと
(四) 訴外一色は、一色車を運転して本件道路左側を戸田市方面から東京方面に向かい時速約五〇キロメートルで進行していたところ、訴外正運転の自動二輪車が中央線を越えて道路右側部分(訴外一色から見て左側部分)に出て急速に接近してくるのを約九〇メートルで前方に初めて発見し、その直後約四〇メートルに接近して危険を感じて急制動するとともに、咄嗟にやや左へ転把してこれとの衝突を避けようとしたこと
(五) 結局訴外正運転の自動二輪車の前部と一色車の左前部とが、自動二輪車は進行方向車道中央線を約二・五メートル超えた車道右側の地点で、一色車は進行方向車道左端から約二メートル内側車道の地点で衝突し、訴外正はその場に転倒したこと
以上の事実が認められる。証人澤野茂、同小林健一(第一、二回)の各証言中右認定に反する部分は、前掲証拠と対比してたやすく措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
二 自動二輪車の運転者は、運転を開始するにあたり車両の状態につき充分点検し、およそ交通事故に結びつくような異状を発見した場合には直ちにこれを修補すべきは勿論、走行中も常に右の点に留意するとともに、高速運転を差し控えるべき注意義務があるにもかかわらず、訴外正は前記認定のとおり右注意義務を怠り、漫然左側のサイドスタンドを出したまま時速約七〇キロメートルで追い越しを開始し道路中央線を越えて道路右側部分に進行したところ、一色車が対向して進行して来るのを認めてもとの車線に戻ろうとしたが、自車左側のサイドスタンドが出してあつたためこれが道路面と接触し時速約七〇キロメートルの高速度であつたこともあつて左へ方向転換することができなかつた結果、本件事故を惹起したものであつて、この点に訴外正の過失があるといわねばならない。
三 訴外一色が一色車を運転して本件道路左側を戸田市方面から東京方面に向かい時速約五〇キロメートルで進行し、訴外正運転の自動二輪車が対向して中央線を越えて急速に接近進行して来るのを約九〇メートル前方に初めて発見したが、そのまま一色車を運転進行させ、約四〇メートルに接近して初めて危険を感じて急制動するとともに、咄嗟にやや左へ転把してこれと衝突を避けようとしたが及ばず、進行方向車道左端から約二メートル内側車道の地点(自動二輪車は進行方向車道中央線を約二・五メートル越えた道路右側の地点)で衝突したことは前記認定のとおりであるが、訴外一色が約九〇メートル前方に訴外正運転の自動二輪車が対向して中央線を越えて急速に接近進行して来るのを発見しながら一色車を急制動せず左へ転把することもせず、そのまま運転進行させたのは、自動二輪車が追越しを完了しかつ対向して進行して来た一色車を認めた以上当然もとの車線に戻るであろうと信頼したためであることが推認され、訴外一色の右の運転上の措置は信頼の原則上やむを得ない
二 被告ら
ところであつて、これを目して過失ありということは相当ではない。
四 〔証拠略〕によると、本件事故当時一色車に構造上の欠陥又は機能の障害がなかつたことが認められ、他に右認定を覆すに足るりる証拠はない。
五 よつて被告の免責の抗弁はその理由がある。
第四結論
以上のとおり原告の本訴請求は、消滅時効の完成ないし免責の抗弁の成立によつて、その理由がないから、その余の判断をなすまでもなくこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九三条第一項を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松澤二郎)